十五歳の戦争 陸軍幼年学校「最後の生徒」
西村京太郎
集英社新書
< 今でも、たまに聞かれることがある。「あの頃、本当に、アメリカに勝てると思っていたんですか?」と。
(中略)
あの時代の、十四歳の心理としては、半分は国の決めたことを信じ、あとの半分で、戦争と自分のことを考えていた。
(中略)
十九歳になったら、嫌でも兵士になって、戦場に行くわけだから、それまでに、兵士ではなく、将校になっていよう。これが、当時、私の頭にあった全てである。>
(P20-21)
ミステリー作家・西村京太郎氏の自伝的な新書
西村京太郎氏は言わずと知れたミステリー小説の大家です。代表作ともいえる「十津川警部」シリーズなど、あまたの作品は小説やテレビドラマで誰もが一度は親しんでいるのではないでしょうか。18年現在、著作は600冊に迫る勢いで、80歳を優に超えたいまも現役として活躍しています。
「十五歳の戦争」は西村氏が少年のころ、陸軍幼年学校に進学したことを中心に、生い立ちから職業作家になるまでを回想した自伝的な一冊です。太平洋戦争を、西村氏が個人のこととして振り返っているところが読みどころといえます。
リアリティのある陸軍幼年学校への進学動機
個人的には本書の中で、タイトルにもなっている陸軍幼年学校に進んだ西村の動機が最も興味深かったです。西村は「米軍と戦う」や「日本を守る」といった思想的な動機でなく、自らの生存戦略として同校を選んだそうです。「お腹いっぱいご飯を食べられる」「どうせ戦場に行くのであれば、一兵士よりは上位の階級になっておこう」というのは、非常に現実的な判断です。逆にいうと、70数年前の日本は、十代前半の少年が戦争や戦場に行くことを「自分ごと」として捉えるような時代だったということが、西村の回想から浮き彫りになります。
西村の記憶と数字=データで浮かび上がる戦中・戦後
西村は抜群の記憶力で当時の思い出を一つ一つ、語っていきます。それだけだと単なる個人史になりますが、本書は各種の資料や数字=データを要所に配して、太平洋戦争と戦禍に突き進んでいった当時の日本を俯瞰的に見つめていきます。戦中の戦闘や戦後の庶民生活を記録する新聞記事、産業・工業の各種データなどなど…。自らの思い出と客観的な記述を縦横無尽に編んでいく構成には、西村のミステリー作家としての技量も見え隠れします。
本書後半の「当時の軍部を批判するくだり」の詳細は…
本書の後半では、西村は当時の陸海軍の上層部の判断を痛烈に批判しています。このあたりのことは関連書籍も豊富にあります。興味を持った方は例えば、
「失敗の本質ー日本軍の組織論的研究」(中公文庫)
を一読されることをお薦めします。同書は現代の企業や組織のありようを考えるときにも有用な名著です。
戦後、西村がGHQ管轄下の人事院でサラリーマン生活を送るなど、ミステリー作家として頭角を現すまでの雌伏の時代のことも詳述されています。西村京太郎ファンが楽しめるのはもちろん、本書をきっかけに「今まで西村京太郎の本を読んだことはなかったけど、十津川警部シリーズでも手を出してみるかな」となるのも、新たな本との素敵な出会いになるかもしれません。