高橋源一郎「銀河鉄道の彼方に」

銀河鉄道の彼方に

高橋源一郎

集英社文庫

< さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。

 そのことに気づいた時、ジョバンニは、ああ、ぼくは、どうやってここにたどり着いたのだろうと考えました。

 (中略)

 もしかしたら、とジョバンニは思いました。これは、夢じゃないだろうか。というのも、なにもかもがあやふやで、でも、同時に、目の前にあるものすべてが、それ以上はないほどに、くっきりと見えていて、ちょうど、夢を見ている時と同じようなものに思えたからでした。>(P476)

タカハシさんの2010年代の長編作品

高橋源一郎氏は1951年生まれの作家です。テレビやスポーツ新聞の競馬予想、ラジオ番組、評論活動など活躍の幅は広く、「タカハシさん」の愛称でご存知の方もいるのではないでしょうか。テレビなどで見せる親しみやすい笑顔でおなじみなのがタカハシさんなら、作家としての卓越した力量をほこるのもまた、タカハシさんです。現代詩の素養、文学のみならずサブカルチャーや政治・社会までを深くものにする知識と洞察力、何よりも小説への情熱にあふれた作品たちや創作活動は、デビューした80年代から今日まで常に前衛的、挑戦的であり続けています。「銀河鉄道の彼方に」は2013年に出版された、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をタカハシさん流にリミックスした(その再構築ぶりはあまりに多面的で“リミックス”としか言いようを思いつきません)長編の傑作です。

こわくて孤独で…宮沢賢治の本質を高純度で抽出した作品

「銀河鉄道の彼方に」はこわくて、孤独で、宗教的で、不気味で、切ない作品です。読んで楽しくなったりハッピーになったりする小説では決してないと、私は思います。

なぜタカハシさんは、そのような作品を生み出したのか?

それは、この小説が「銀河鉄道の夜」のリミックスであり、宮沢賢治をオリジナルとしているからです。タカハシさんには、やはり宮沢賢治の諸作品をリミックスした「ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ」という短編集もあります。タカハシさんにとって宮沢賢治は、特別な作家・詩人なのだと思います(本人もなにかの評論で「宮沢賢治には異界が見えていた」というようなことを語っていたはず)。「銀河鉄道の彼方に」がこわくて孤独なのは、タカハシさんが宮沢賢治(とその作品)の本質を深く深く感受し、共鳴し、そのエッセンスをギュッと濃縮してこの作品に抽出しているからでしょう。

夢・現実・フィクション(小説)の境界線はどこにあるのか

「銀河鉄道の彼方に」では、主人公のジョバンニ(実はジョバンニだけではないのですが)は、夢と現実、現実と異界を行ったり来たりします。その往来のありようが“宮沢賢治成分”のエッセンスの一つだとして、タカハシさんは作家人生で問い続けているのであろうもう一つの自身のテーマを物語の軸に立てています。

それは、「本=小説に書かれていることは、本当にフィクションなのか」という疑問です。

「作家が書いた小説なのだから、その作家の想像力の範ちゅうで生み出されたフィクションに決まっているだろう」と思われるでしょうか?私も、そう思います。実に当たり前で、疑いようのないことではないか。タカハシさんは「そう思う」と認めながらも、「でも本当は…」と考えているようです。「銀河鉄道の彼方に」では、タカハシさんの別の作品『「悪」と戦う』で登場したランちゃんとキイちゃんという2人の子どもが出てきます。タカハシさんの2人の息子さんがモデルとなっているランちゃんとキイちゃんの旅路、それを創作し、見守る「わたし」(おそらくタカハシさん)には要注目です。

タカハシさんがこのテーマを「銀河鉄道の彼方に」で深く追求しているのも、宮沢賢治にインスパイアされているからでしょう。

高橋源一郎の技法をフルコースで堪能できる傑作

この作品では、作家・高橋源一郎の小説の技法をフルコースで味わえます。パスティーシュ、過去の名作を縦横無尽に駆使するリミックス、反復し転調してゆくセンテンス。そして何よりも、美しい散文詩そのものといえる文章。私が個人的に好きなのは、タカハシさんの顔もチラリとのぞくユーモアセンスです。

 

<「これを」女はいって、紙袋をタクロウに手渡した。「お口に合うかしら

「なんです?」タクロウはいった。

鳩サブレ

「死人の国から買ってきたの?」といおうとして、それは失礼だとタクロウは思い、黙って受け取ることにした。

ちゃんと、鎌倉で買いました」女はいった。わかっているのだ。>(P400)

 

何が「わかっているのだ。」なんだと笑

こわくて孤独なんだけど、クスリと笑うようなところもあり、宮沢賢治と高橋源一郎の凄さや面白さが詰め込まれていて、読み終えると自分のいまいる世界がこれまでと違ってしまったように見える…。「銀河鉄道の彼方に」はそんな小説です。