ぼくらのデスマッチ
殺人狂がやって来た
宗田 理
角川文庫 / 角川つばさ文庫
< 英治には、女がますますわからなくなった。
真田は久美子を目の仇にしてしごいた。
いっぽう久美子は、それに敢然と挑んだ。それはまさに、デスマッチと呼ぶにふさわしいものであった。>
(角川文庫 P139)
ぼくらシリーズ第4弾 「デスマッチ」
宗田理氏の「ぼくらの七日間戦争」から始まる「ぼくら」シリーズ、今回は第4弾となる「ぼくらのデスマッチ 殺人狂がやって来た」を取り上げます。角川文庫の初版刊行は1989年(平1)9月。
2年生に進級した中学生の菊地英治らが、新校長・大村の打ちだした二宮金次郎を手本とする教育方針を巡り、騒動を巻き起こします。大村の腹心で、担任となった真田と教室バトルを繰り広げる中、真田に殺人予告状が送られてきます。教師や親たちに犯人と疑われる中、純子の弟・光太が誘拐されて…。ミステリー仕立てになっている本作は、本書の裏表紙にある「笑いとスリルいっぱいのぼくらの探偵物語」という通り、あいかわらずの軽快なテンポで進んでいきます。
宮崎勤の事件と「ぼくらのデスマッチ」
宗田がこの作品のモチーフにしたのは、明らかに元死刑囚の宮崎勤(2008年に刑執行)が犯した東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件でしょう。参考として、作品の刊行時期と事件の時系列を簡単に並べてみます。
・宮崎の犯行期間は1988~1989年
・宮崎が逮捕されたのは89年8月11日
・「デスマッチ」の初版刊行は89年9月1日
「ぼくら」シリーズの刊行ペースを考えると、宗田は、連続誘拐殺人事件がテレビや新聞で大々的に報道されていた88年から89年半ばに執筆にあたり、宮崎が逮捕された直後に刊行日が重なった…という感じだったのではないでしょうか。
シリーズ4作目で、宗田は初めて筆者自身のメッセージともいえるあとがきを書いています。あとがきでも、宮崎勤や一連の事件を名指しこそしていないものの、「デスマッチ」の執筆に至るこのあたりの経緯を明かしています。
< 最近、奇妙なというか、残虐という言葉ではかたづけられない幼児誘拐殺人事件が起きています。
(中略)
犯人は、どこにでもいるふつうの人間ではないかと思います。だから、わからないのです。ぼくは、この物語の中で、ぼくなりに犯人像をつくりあげてみました。>(P274 「あとがき」より)
「デスマッチ」の犯人と現実の宮崎との”乖離”
宗田が「デスマッチ」の中に生み出した怪物は、ぜひ本書で確かめていただきたいとして…
宗田なりのプロファイリングと想像力で造形された犯人と、現実の世界で逮捕された宮崎とは、私の見方ではおよそ似ていませんでした。現実は小説より奇なりではありませんが、「デスマッチ」の犯人より、宮崎のほうがはるかにグロテスクに見えます。
「デスマッチ」の犯人は、作品のテーマにもなっている二宮金次郎と関わる、ある犯行動機を抱えています。その犯行動機は、読者にもそれぞれの想像力の範囲内に収まるであろう理解可能なものとして提示されています。
しかし、宮崎の犯行動機はどうであったか?ロリコン嗜好の同人誌やアニメなどで妄想を膨らませ、それを現実の世界にまで持ち込んでしまった宮崎のそれは、当時の一般世間の想像力や理解に収まる範ちゅうではありませんでした(だからこそ、一連の事件や宮崎の逮捕劇はセンセーショナルに報道され続けたのだと思います)。平成最後の年を迎えているいまから振り返ってみると、平成元年にあった宮崎勤という事件は、「平成という30年間の時代の混沌」の始まりを象徴していたのではないでしょうか?
そう考えると、犯人の造形は現実と”乖離”していたとはいえ、宗田は昭和と平成という時代の転換点を、宮崎勤というモチーフによって「ぼくらのデスマッチ」で予言したのかもしれません。
英治はひとみに恋をする
登場人物の中学生たちの人間関係の相関図には、重要な設定が現れます。主人公の英治が、中山ひとみに恋心を抱く描写が初めて出てくるのです。
< そういえば、二年になってひとみが急にまぶしくなった。
一年のときは男の連中と同じようにしゃべれたのに、ひとみとしゃべるときは、どうも舌がうまく回転しないのだ。>(P51)
前作「ぼくらの大冒険」で仄めかされた純子への感情は、後退したようです。
<「純子に電話して慰めてやれよ。彼女、おまえが好きなんだから」
純子が英治のことを好きだということは知っている。英治も、もちろん純子を嫌いではないが、なぜか、ひとみのほうにより強くひかれてしまうのだ。>(P134)
「ぼくら」シリーズの中学生の恋愛物語は、英治とひとみ、安永と久美子の2組の心の移ろいが本線になっています。家庭の事情から中学校を卒業したら大工になろうとする安永と、建設会社の令嬢の久美子。この2人の描写もおさえておきたいところです。
<「サナダ虫の様子、見に行ってみようか」
給食を食べ終わったとき、相原が言った。
「行こう」
久美子が真っ先に反応した。
「おまえ、奴が好きなのか?」
安永がにらんでいる。
ついこの間、安永と二人きりになったとき、
「おれ、久美子が好きなんだ」
突然そう言うと、見たこともない固い表情で遠くを見ていた。>(p59)
時代が平成に変わっても、少年と少女たちのときめきや切なさは眩しく、ときに儚く輝いていきます。